名古屋高等裁判所 昭和46年(ラ)5号 決定 1971年5月25日
抗告人 比良山一男(仮名)
相手方 比良山洋行(仮名)
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
(抗告の趣旨および理由)
本件抗告の趣旨は「原審判を取消す。抗告人の推定相続人たる相手方を廃除する。」との裁判を求めるというにあつて、その理由は別紙記載のとおりである。
(当裁判所の判断)
相手方が抗告人の二男であることは、抗告人および相手方の各住民票謄本ならびに相手方の戸籍謄本により明らかである。
そこでまず、抗告人が本件審判申立書で主張する事実の有無について検討するのに、抗告人が原審において甲第一ないし五号証として提出した写真、第六号証として提出した書面、家庭裁判所調査官作成の昭和四五年五月二六日付調査報告書ならびに当審における抗告人および相手方各本人審尋の結果を総合すれば、相手方は昭和四四年四月中旬頃の夜間、飲酒酩酊のうえ、抗告人方の座敷に上り込み、襖を押し倒し、障子戸、ガラス入り障子戸の桟あるいはガラス、およびテレビの前面ガラスを損傷して、それらの破片を座敷内または廊下に散乱させた後、「おやじさん人間の心情の発露としてやつた洋行一一〇番も結構」と書き記るした紙片を置いて立去つたことが認められる。相手方本人審尋の結果中これと異なる供述部分があるが信用できない。
しかし、相手方が深夜抗告人に電話を掛けて、悪口雑言をした旨の抗告人の主張については、抗告人が原審において甲第七号証として提出した解雇通知書によれば、相手方が昭和四三年八月二日午前一時頃および同二時頃の二回にわたり、同じく飲酒酩酊のうえ、抗告人に電話を掛けて、就寝中の抗告人を起こし、くだを巻いたことは推認されるが、右解雇通知書にある相手方が悪口雑言を怒鳴り散らした旨の記載から直ちに当該事実を肯認することはできず、他にこれを認めるに足る資料は存しない。
なお、前認定の相手方の狼藉は抗告人の身体に対して加えられたものではなく、抗告人がそれを中止させることは必ずしも困難でなかつたが、抗告人はあえて相手方のなすがままに委せたものであることが、家庭裁判所調査官作成の前掲および昭和四六年一月一四日付調査報告書によつて認められる。
前認定の狼藉は抗告人に対する侮辱というに足り、もちろん非難に値し、相手方としても反省を要するところであるが、それが民法第八九二条所定の廃除の事由に該当するというためには、「重大な」もの、すなわち相続的協同関係を危殆ならしめるものと認められなければならない。そうして、右重大なものであるかどうかの評価は相続人の行為のよつてきたる原因にまで遡り、その原因について被相続人に責任があるかどうか、あるいはそれが一時的なものにすぎないかどうか等の事情を考究し、これを斟酌考量したうえでなさるべきものである。
前掲解雇通知書、家庭裁判所調査官作成の調査報告書および同調査官作成の福本孝の供述を録取した調査報告書ならびに抗告人および相手方各本人審尋の結果を総合すれば、本件審判申立に至る経緯として次のような事実が認められる。
抗告人は、勤倹力行型にして、自己の考案にかかる特許権を利用して事業を起こし、相当な財をなしたが、周囲の人間の心を酌むこと少なく、すべて擅断的に事を処し、他人に対し冷厳な態度で臨むため、相手方を含めた二男二女の子女に対して各人相応に高等教育を受けさせ、またかなりの財産を分与しながら、右子女において抗告人に敬愛の情を寄せるものがなく、ことに長女とは互に憎悪し合い、永年音信すら不通となつている。そのなかにあつて、相手方は多少とも抗告人に対する畏敬の念を懐いていたものであり、抗告人の指示どおり、○○専門学校を卒業し、一時名古屋通産局に入つたが、昭和二四年一一月頃から抗告人の事業を手伝うようになつた。相手方は抗告人の後継者を自認していたが、抗告人は相手方の能力、仕事振りが劣るところから、これを不満に思い、むしろ軽侮していた。
なお、相手方は、抗告人がその出身地から見出した抗告人の意に適つた現配偶者と結婚し、それを機に昭和三一年抗告人と別居し、肩書住所地に居住するようになつた。
右相手方の居住する家屋およびその敷地は相手方の所有名義となつていたが、抗告人は対税面の考慮から右以外にも自己の取得した土地を相手方または長男安夫名義にしてあつた。
ところで、抗告人が、相手方を保証人にし、かつ右相手方居住家屋および敷地を担保にして他から金借しようとしたのを、相手方が反対したところから、抗告人は相手方および右安夫を被告としてそれぞれの所有または抗告人と共有名義となつていた不動産について相手方らの登記の抹消登記を請求する訴訟を提起した。相手方らはこれに応訴して争つたが、安夫は一年半程で抗告人と和解した。
右訴訟係属中も、相手方は、抗告人の経営する会社に勤務していたところ、昭和四三年八月三日、抗告人から前認定の深夜の電話の件など抗告人が本件抗告の理由第二項で主張するとおりのことを理由として解雇された。相手方は、前記のように抗告人の後継者を自認していただけに、精神的打撃を受けたが、そのことで抗告人と争うことはしなかつた。
前記訴訟において、その後も和解のための折衝が行なわれ、その間前認定の狼藉があつたものの、昭和四四年六月二〇日相手方に決して不利とはいえない条件で、和解が成立した。前記解雇後も、相手方は抗告人方へ出入りはしており、昭和四五年三月頃には従業員不足に困窮していた前記会社に従業員を世話することもした。
ところが、その後間もなく、抗告人は、自己が先に相手方のため資本を出資して設立した会社の解散を意図し、相手方も一旦これに同意したが、妻の反対を理由にこれを翻えしたため、右意図を果すことができなかつた。これが抗告人の怒を買うことになり本件審判申立となつた。
以上認定の経緯に照らせば、前認定の相手方の狼藉は永年強固な自我の持主である抗告人に抑えられてきた相手方において、自己主張をするようになつて、抗告人と訴訟で争わなければならない立場におかれ、そのような葛藤のなかで解雇されてうつ積した感情が飲酒により爆発したものであることを認めるに足り、必ずしも相手方を一方的に非難しうべき限りではないといわなければならない。また、それは一時的なものと認められ、到底これをもつてしては廃除を正当づける事由と断ずることができない。
相手方に、抗告人が抗告の理由第二項で主張するような解雇理由があつたとしても、それは右結論を左右するものではなく、また、第四、五項で主張することはなんら廃除の事由とかかわりをもつものとは認められない。その他職権をもつて調査しても、相手方に民法第八九二条所定の廃除の事由に該当する事実のあることは見出せない。
(結語)
叙上により、本件審判申立は失当であつて、これを却下した原審判は正当である。よつて、本件抗告は理由がないから失当として棄却することとし、抗告費用の負担につき家事審判法第七条、非訟事件手続法第二五条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 布谷憲治 裁判官 福田健次 豊島利夫)